自分だけ退院した日、家には何もなかった

出産の1週間後、私だけが退院する日が来た。

子どもたちは、別の病院のNICUに入院したままだった。

退院は、楽しみだった

家に帰れることは、楽しみだった。

悪阻が始まってから、ずっとまともに食べられていなかった。病院の食事も、口に合わなかった。やっと帰れるな、好きなものが食べられるな、と思っていた。

入院中には、お祝い御膳が2回出ることになっていた。1回は、食べられた。もう1回は退院の前日で、楽しみにしていたのに、嘔吐で食べられなかった。

夫も「退院したら好きなところに連れてってやる」と言っていた。それも楽しみだった。

退院の日のことは、ほとんど覚えていない。覚えているのは、荷物がとても多かったこと。病院から、出産グッズのようなものをたくさんもらっていた。

待合室で待っていたら、夫が迎えに来た。安心したのは、何となく覚えている。

退院した足で、子どもたちに会いに行った

その足で、夫と一緒に、子どもたちのいる病院へ向かった。

このときのことも、あまり覚えていない。お腹はまだ痛くて、車の振動が響いた。病院の中では、まだ車椅子に乗っていた気がする。

その日、先生から、弟の頭の出血について話があった。

いつまで、どこまで突き落とされるのだろう、と思った。先が見えなさすぎて、怖かった。

家には、何もなかった

子どもたちを病院に残して、家に向かった。

帰りの車で何を考えていたかは、覚えていない。覚えているのは、振動のたびにお腹が痛くて、悲鳴をあげていたような気がする、ということだけ。

家に入って、綺麗に過ごしてたな、と思った。

家の中に、子どもたちのためのものは、何もなかった。ベビー用品は、何も買っていなかった。出産は、まだ何ヶ月も先のはずだったから。

その日の残りのことは、覚えていない。

私だけが、家に帰ってきた。

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