兄の急変は、処置で収まった。ただ、原因は分からないままだった。
収まったのに、原因は分からないままだった
翌日、二人とも状態は安定していた。
ただ、兄の感染の原因は特定できていなかった。腸の炎症のせいなのか、点滴の管からの感染なのか、数字が出てしまった理由が分からない。そのためミルクはまだ休止したまま、抗生剤を投与しながら様子を見ることになった。
悪くはなっていない、とは聞いた。それでも、原因が分からないまま治療だけが続いていた。
弟のほうは、ミルクの回数が増えていた。術後、あまり元気がなさそうに見えて心配していたが、とりあえずは進んでいるようだった。
兄は戻り、弟の目が気になった
次の日、兄は細菌の数値がそれ以上悪化せず、ミルクを再開できたと聞いた。
弟は大きな変わりはなかった。ただ、片目の開き具合が気になると妻が言っていた。動画を見ると、確かに片方の目だけ閉じていたり、開けてもすぐ閉じてしまったりして、左右で対称ではなかった。
先生に会う機会があれば聞いてみようと思っていた。
今度は弟の肺が、夜に悪くなった
二日ぶりに、子どもたちに会いに行った。
病院の入り口で、主治医の先生に会った。ちょうど帰りがけだったが、大きな変化はないと二人の状況を説明してくれた。安心した気持ちでNICUに入った。
中では、二人とも順調そうに見えた。たまに呼吸がふらつくが、自分で戻ってくることもある。状況は良さそうだと思った。
帰り際に、別の主治医の先生が話をしてくれた。
すみません、ちょっとお伝えしておかなければならないことがありまして。そう申し訳なさそうに切り出されて、身構えた。この先生から話があるときは、いつも心配になることを言われる。
弟の肺の容態が、昨日の夜よくなかったという。薬を使って安定させた、と説明された。
一時は兄のほうがよくなかった。それが昨日の時点で弟のほうが悪くなり、薬を使って、今は同じくらいまで戻したということだった。
聞きたいことはあった。弟の目のことを聞こうと思っていた。でも、この話をされたあとで、別のことを切り出す余裕はなかった。
先生は、いつも辛い話ばかりになってしまって、と続けた。それでも、忖度なくありのままを伝えてくれる。こちらの気持ちにも寄り添ってくれているのは分かった。
乗り越えていかなければならない壁が、まだある。子どもたちは生きようと頑張っている。親の自分が、めそめそしてはいられない。先生の話を聞いて、そう思った。
毎回、本当に何が起こるのか分からなかった。一時は兄で、今度は弟だった。