母乳の量が、増えていた。
最初は、綿棒の先につけるくらいのほんのわずかな量だった。それが、少しずつ増えていった。
量が増えるのは、前に進んでいるということだった。
それなのに、量が増えるほど、別の心配が始まった。
足りるのだろうか、と思うようになった。
妻の搾乳
母乳は、妻が搾ったものだった。
妻は退院した翌日から、三時間おきに搾乳を続けていた。夜中も、決まった時間に起きて搾っていた。
搾った母乳は、病院に届けた。面会のたびに、持って行った。
自分には、母乳を作ることはできない。届けることはできても、作れるのは妻だけだった。
二人の必要とする量は、日に日に増えていった。
兄が一日に必要とする量に対して、一度の搾乳で搾れる量は、その何分の一かだった。
妻に、これ以上無理をさせたくなかった。けれど、量は増えていく。
冷凍庫の区切り
NICUには、冷凍庫があった。
中には、赤ちゃんごとに区切りがあった。スペースは、均等に分けられていた。届けた母乳を、ビニール袋で包んで、その区切りに保存しておく。面会のたびに、そこへ足していった。
その区切りを見ていると、これが二人の口に入るのだと思った。
あるとき、母乳を届けに行くと、自分たちの子のスペースに、ほかの母親の母乳が入っていた。区切りを越えて、置かれていた。自分たちの分を置く場所が、ほとんど残っていない日もあった。
使いたいときに、使えない。もどかしかった。
ある日、看護婦さんから、ミルクドナーという制度の案内があった。
母乳が足りなくなったときに、ドナー母乳を使わせてもらえる、という話だった。ドナー母乳として登録され、殺菌の処理を済ませたもの。自分たちの母乳とは、別に備えられているものだった。
足りなくなったら、使わせてもらう。そういうことで、同意した。
限られた場所
その制度は、どの病院にもあるものではないと聞いた。使いたいと思う人すべてに行き渡るほど、量があるわけでもないという。
自分たちの病院では、たまたまそれが使えた。
足りなくなったときに使えるものが、ここには備えられていた。
そのことを知って、その日の面会を終えた。