出産2日後のレベル2、3日後のレベル4

双子が生まれて、72時間が山だと言われていた。

その間に頭の出血が起きるかもしれない。起きたら、程度によっては障害が残るかもしれない。そう説明されていた。

レベル、という言葉を、このとき初めて知った。

車椅子で、二人で会いに行った

出産から二日目だった。

万が一のことを考えて、今のうちに会わせておいた方がいい。そう勧められた。

妻は、まだ自分で歩いて子どものところまで行ける状態ではなかった。先生の許可をもらって、車椅子を借りた。自分が車椅子を押して、妻と二人で双子のところへ向かった。

妻は、子どもをじっと見ていた。小さな声で、話しかけていた。

泣かなかった。

自分は、妻が泣き出さないか、そればかり心配していた。

出血が確認された

その場で、先生から話があった。

上の子の頭に、出血が確認された、とのことだった。レベル2だという。

ああ、出てしまったか、と思った。

数字が大きいほど重く、レベル4が一番重い。そう説明を受けた。

レベル2なら、まだ。これ以上悪くならないことを祈るしかなかった。

家に帰ってから、レベルについて調べた。でも、自分が知りたい答えは、どこにも出てこなかった。レベル2がこの先どうなるのか。何が起きうるのか。検索しても、検索しても、わからないままだった。

72時間

眠れない夜が続いていた。

夜中、ネットで同じような状況の記録を探しては、読んでいた。目に入るのは、助からなかった話や、死に直面する話ばかりだった。

日記には、「ここまで生きてくれただけでも奇跡かもしれない」と残っている。

今読み返すと、その言葉をどんな気持ちで書いたのか、自分でもよくわからない。

そのまま、72時間を迎える日が来た。

何を言われるのだろうと思いながら、病院へ向かった。

先生の話によると、上の子はレベル4、下の子はレベル2だった。

頭の中が、真っ白になった。

覚悟を決めるしかない。妻とは、そう話していた。それでも、いざ言われると、何も考えられなかった。

伝える側にも、辛さがあった

先生は、毎回、辛い話になってしまう、と言っていた。

子どもに会いに行くたびに、辛い知らせを聞く。聞かされる側も辛いが、伝える側も辛いのだと、そのとき思った。

帰り道、妻にこの話をどう伝えようかと考えた。妻が受けるであろう心のダメージを想像したら、涙が出た。

自分一人だったら、どうなっていただろう。夫婦で支え合っていくしかない。そう思った。

この数日、ほとんど眠れていなかった。

せめて体を休めようと、睡眠薬を飲んででも、寝ようとした。

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