妻からの電話、自転車で10分の道

妻のお腹には、23週の双子がいた。

お昼過ぎ、妻から電話が鳴った。

仕事中だった。出た瞬間、何かあったに違いないと思った。妻の声が、いつもと違った。

「どうしよう、おなか痛い……え?」

切羽詰まっていた。落ち着いて話せる状態ではないのが、声でわかった。

救急車を呼べるか、自分が帰るまで待てるか。聞きながら、もう自転車にまたがっていた。周りに、緊急事態なので中座します、とだけ言って会社を飛び出していた。

つわりも落ち着いてきた頃だった。まさか、こんなことが起きるとは思っていなかった。

自転車で10分、家までの道

普段なら20分かかる道のりを、その日は10分で着いた。

限界まで漕いだ。自分がよほど切羽詰まって見えたのだろう、道を歩いている人が、こちらに気づいて道を譲ってくれた。いつもは渡らない信号が青だったから、そのまま渡った。坂道を立ち漕ぎで上がって、橋を渡り切った。覚えているのは、そういう細かいことばかりだ。

電話は、つないだままにしていた。

漕ぐことに集中する。信号に捕まる。そのとき、確かめる。青になる。また漕ぐ。その繰り返しだった。

「大丈夫?」

「なんとか……」

「今ここだから……」

それだけのやりとりを、信号のたびに繰り返した。

家に着くと、妻はソファーに手をついたまま、立った姿勢で固まっていた。座ることも、横になることもできないようだった。

肩を貸して、車に乗せた。早く運びたいのに、揺らすわけにはいかない。あまり揺れないようにして、と妻が言った。慎重に、でも急いで、病院へ向かった。

産婦人科の外で待っていた

病院に着いても、迎えはいなかった。

近くにいた看護師に状況を伝えて、車椅子を持ってきてもらい、産婦人科へ運んだ。診察はすぐに始まった。詳しい説明を受ける間もなく、外で待つように言われた。それだけだった。

病院は、最初から騒然としていた。あちこちの部署から人が出たり入ったりしているのを、漠然と眺めていた。

椅子には座らなかった。呼ばれたらすぐ動けるように、そして自分がどこにいるかすぐ分かるように、入り口のそばに立っていた。

どのくらい待ったのか、よく覚えていない。

看護師に呼ばれて、部屋へ向かった。

緊急帝王切開が決まった、と言われた

険しい顔の女医に、今から緊急手術になる、と言われた。母子ともに危険な状態が迫っていて、一刻の猶予もない、と。

質問を受け付けるような雰囲気ではなかった。頭の中が真っ白になった。嫌な予感が当たったと思った。

自分だけが別の空間にいるようだった。これが現実なのか悪夢なのか、突きつけられたものを受け止められないまま、ただ心細かった。

手術室の外には、座る場所もなかった。緊急の手術だったから、待合室のようなものもない。ただ立って、呼ばれるのを待った。

とにかく連絡しなければと思った。

両家の両親に、状況を整理してグループラインで送った。自分の親、特に母は過度に心配するので、本当はその場では迷ったが、送った。

妻の母から、返事が来た。

一人で心細い思いをさせてごめんね、と書いてあった。

その一言で、張りつめていたものが少しだけゆるんだ。

1人目が出てきた、2人目はエレベーターへ

そこからまた、果てしなく長い時間が経ったような気がした。

1人目が、手術室から運ばれてきた。

「お父さんですか? 生まれましたよ! おめでとうございます!」

かなり元気な声で、そう言われた。産婦人科の先生ではなく、このあと双子がお世話になる、子ども病院の先生だった。

でも、運ばれてきた我が子は、サランラップのようなものにぐるぐる巻きにされていた。

正直、全くおめでたいとは思えなかった。どうしていいかわからず、あたふたするばかりだった。

すぐに2人目も出てきた。エレベーターに一緒にどうぞ、と言われた。

写真撮っていいですよ、と看護師が声をかけてくれた。気遣いはありがたかった。でも、それより1秒でも早く搬送してあげてほしい、とだけ思っていた。

双子は、別々の救急車で子ども病院へ運ばれていった。手術をした病院では、対応ができないからだった。

エレベーターの扉が閉まった。

それから、妻の手術が終わるのを待った。また、長い時間だった。

不安そうにしていた自分に、子ども病院の先生が声をかけてくれた。もう大丈夫ですよ、奥さんの手術ももうすぐ終わるので面会できると思います、大変でしたね、と。大変でしたね、という言葉が、なぜか強く残った。

NICUで双子と初めて会った、22時に家に帰った

妻の姿をやっと見られた頃には、外はもう真っ暗だった。

夜、双子が運ばれた病院へ向かった。

先生から、色々な説明を受けた。言っていることは理解できた。でも、状況に気持ちが追いついていなかった。

双子に、会わせてもらった。

まだ肌は赤く、か細かった。それでも、二人とも一生懸命生きているんだなと、見ていると涙が出そうになった。

看護師さんは、子どものことだけでなく、自分にも寄り添ってくれた。

その人にだけ、正直な気持ちを口にした。まだ現実として受け止められていないこと。頭の中がごちゃごちゃで、何も考えられないこと。

誰かに吐き出したのは、その日初めてだった。一瞬だけ、心が軽くなった。

家に着いたのは、22時すぎだった。

食欲はなかったが、無理して食べた。

寝室の電気を、真っ暗にすることができなかった。

いつのまにか、外が明るくなり始めていた。

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