双子が生まれた、その翌朝だった。
ほとんど眠れないまま、朝になった。
それでも、その日はやることがあった。
理由を、いちいち考えたわけではない。目の前のことを、ただやった。それだけだった。
妻に荷物を届けられる時間にも、決まりがあった。手紙を書く時間も、そう取れない。とにかく、動いた。
妻に手紙を書いた朝
妻のいる病院へ向かう途中、文房具店に寄った。
簡単なレターセットを買って、駐車場に停めた車の中で、手紙を書いた。
手術を終えたばかりの妻を、ねぎらいたかった。励ましたかった。一緒に頑張っていこう、と伝えたかった。電話やメッセージより、手紙のほうが気持ちが伝わる気がした。
普段なら、恥ずかしくて絶対にやらない。でもそのときは、恥ずかしいとは少しも思わなかった。
妻は、荷物を受け取りに歩いてくることもできなかった。
看護師さんに、荷物を預けた。その中に、手紙を入れておいた。
直接、渡すことはできなかった。
妻の病院、それから双子のいるNICUへ
妻の病院から、その足で双子の病院へ向かった。
コロナ禍だった。面会には、制限があった。
NICUは、一時間ほどの面会が許されていた。妻の病棟は、基本的に面会ができない。体力が戻っても、見舞いには行けなかった。
妻には、頼まれたものを届ける。双子には、会いに行って、顔を見る。できるのは、それくらいだった。
「72時間が山です」と言われた
双子の病院で、頭の出血についての説明を受けた。
72時間が山だという。今のところ、出血は見られていない。
下の子は、へその緒のあたりから出血があって血圧が下がっていたが、止血して、今は落ち着いている、とのことだった。
そのとき、少しだけほっとしたのを覚えている。
不安になる説明ばかりだった。だから、悪くなっていない、というだけで、気持ちが少し軽くなった。
帰り道、また不安に飲み込まれた
帰り道のことだった。
気持ちがゆるんだことで、かえって、まわりが見えたのだと思う。
これは、本当に起きていることなんだ。まさか、こんな状況になるなんて。
軽くなったはずの気持ちが、現実を見て、また重くなった。絶望的な気持ちに、飲み込まれていった。
家族は、みんな離れ離れだった。妻は病院、双子はNICU、自分だけが家に帰る。
一人になるのが、とにかく嫌だった。
その夜も、眠れなかった。