家に連れて帰った後が想像できなかった

今、このページを開いている方は、もしかすると、その渦中にいるのかもしれません。

退院は、本当ならうれしいはずのことです。それなのに、その日が近づくほど、家でこの子をやっていけるのか、自信が持てなくなる。そんな時期かもしれません。私も、そうでした。

退院は、ゴールだと思っていた

入院が長くなるほど、退院という言葉は、希望のように響きました。ここを出られれば、ようやく普通の生活が始まる。そう思っていました。

でも、退院が現実味を帯びてくると、その「家での生活」が、自分にはうまく思い描けないことに気づきました。これだけのことを病院がしてくれている子を、家で、自分たちだけで見ていけるのか。退院は、ただのゴールではありませんでした。

酸素をつけたまま帰るかもしれない、と言われた

ある時期、兄のほうは、呼吸を助ける酸素を卒業する方向へ進んでいました。

弟は、そうではありませんでした。鼻にあてるマスクが、なかなか取れませんでした。主治医に、これは取れるんでしょうかと聞いてみました。先生は、はっきりとは言いませんでした。時間はかかりそうだ、体が大きくなれば安定してくる、と。そして、こう続けました。

状況によっては、酸素をつけたまま退院することもある、と。

その言葉で、頭の中の「家に帰る」という絵が、止まりました。

家の中に、酸素の機械がある。その管をつけた小さな子がいて、自分たちがその管理をしながら、毎日を回していく。聞いた瞬間に思ったのは、それがどういう生活なのか、まったく想像がつかない、ということでした。

何をどうすればいいのか以前に、その暮らしそのものが、絵にならない。病院という、何かあればすぐ看護師さんが来てくれる場所から、その守りのない家へ、この子を連れて帰る。その後のことが、どうしても具体的に浮かびませんでした。

帰ってからのことが、浮かばなかった

退院すれば、この子は家に来ます。けれど、その家での毎日が、どうしても具体的に浮かびませんでした。

病院では、何かあればすぐに看護師さんが来てくれました。機械が常に見ていて、少しの変化にも気づいてもらえました。その守りのない家で、自分たちだけで、この子をちゃんと見ていられるのか。夜、何か起きたら、間に合うのか。大丈夫だと言いきれる材料は、何もありませんでした。

何が起きるかも、起きたときに自分に何ができるかも、分からない。ただ、起きてほしくないことばかりが頭に浮かんで、肝心の「帰ってからの暮らし」そのものは、最後まで形になりませんでした。


この不安の中にいた日々の記録

この時期の記録は、これから時系列で公開していきます。

あわせて