帰宅した20分後に呼び戻され、弟は腸を切除した

呼吸器がまた戻り、弟が振り出しに戻ってからの三日間の記録になる。この三日のあいだに、弟は二度目の手術を受け、腸の一部を切除した。

聞いても、答えが返ってこない日がある

面会時間の開始から様子を見に行った。妻は弟の様子を見ながら涙を流していた。しばらくして主治医が状況の説明をしに来て、自分たちはそれを聞いた。

前の日に起きたことが、この先どう響いていくのか。それが知りたくて、いくつか質問をした。不安を少しでも軽くしたかったのだと思う。ただ、聞いたところで明確な回答が返ってくるわけではなく、その場に重い沈黙が流れた。

間に入って場を収めてくれたのは看護師さんだった。先生たちが離れた後も気遣いは続いて、保育器の位置を見やすいように調整してくれたり、泣いている妻の目に触れないようにしながら弟の状態をより詳しく説明してくれたりした。

その日は三時間ほど面会した。帰り際に弟が目を開けて、妻の表情が少し戻った。

明日の朝に話し合うはずだった手術が、帰宅20分後に始まった

翌日も、面会の開始時間に合わせて病院へ行った。外科の先生が、鼠径ヘルニアで出てきている弟の腸を中に戻すため、再度チャレンジするという。処置が終わるのを待った。

待っているうちに夕方の四時を過ぎた。結果は、思うように戻せなかった。明日の朝の様子を見て手術をするかどうかを外科のチームで話し合いたい、という説明で終わり、自分たちも一旦帰宅した。

その二十分後、病院から連絡が入った。緊急手術を行うので戻ってきてほしい、と言われた。

銀色のトレイに載っていたもの

病院に戻り、準備が整うのを待って手術の説明を受けた。執刀するのは、NICUの担当医とは別の外科の先生だった。

説明は専門的で、聞いているだけでは自分の理解が追いつかなかった。それでも、人工肛門になる可能性があること、腸を切除する可能性があること、うまくつながらなければ再手術になり得ることは分かった。まだこんなに小さいのに、体に何度もメスを入れることになる。だから、自分の言葉に置き換えてこういうことで合っているかと確認した。答えは返ってきたが、突き放されるように感じた。

合意書にサインした。本当は手術なんてしてほしくない。書きながらそう思っていた。医者の側も、できれば避けたかったと言っていた。

弟が手術室へ運ばれるのを見送った。ごめんね、待ってるね、としか言えなかった。これが最後の面会になってしまったら、とは口に出さなかったが、気が気ではなかった。

待合室で待った。想定は二時間と言われていた。二時間が過ぎても、何のアナウンスもなかった。今どうなっているのかも分からないまま、ただ座って待っていた。

三時間を過ぎてから、ようやく執刀医が話をしに来た。やっと終わったのかと思った。

手には銀色のトレイを持っていた。見た瞬間、それが何かの肉片だということは認識した。そしてそれは、腸の一部だった。説明のあいだ、先生はピンセットでそれをつまんでは、またトレイの中に戻すという動作を繰り返していた。

医学的には正しい行為なのかもしれない。ただ、それをまじまじと見せられる意味が、まったく理解できなかった。これを見せられた親は、ああ良かったと喜ぶとでも思ったのだろうか。

切除の可能性は、手術の前に聞いていた話ではあった。ただ、本当はそうならないために急ぎで手術をするという説明だったので、聞きながら絶望的な気持ちになった。質問はあるかと聞かれたが、その場では何も考えられなかった。

手術自体は無事に終わった。今後一週間は経過を慎重に観察していくという。腸の接合部分が脆く、破裂してしまう可能性があるので、落ち着くまでは麻酔を使って体の動きを制限するらしい。ぐずったり力んだりすることで、脆い部分が破損する可能性が高いのだという。ミルクが飲めるようになるのは状況が落ち着いてから、つまり早くても一週間以上先の話になる。そして飲めるようになった時も、漏れがないか、破裂しないかと心配になると言われた。

自分は何もしてやれない。あらためて、自分の無力さを感じた。

仕切り直しのつもりで

翌日の弟は、時折目を開けることもあったが、基本はおとなしく寝ているようだった。妻が兄の方を見に行き、弟とふたりきりになった。

保育器の中に手を入れることは許されていた。手でそっと頭を包み込むようにしながら、弟の様子をずっと見ていた。

生まれて間もないのに、大きな手術を二回もするはめになって。涙が出そうになったけれど、子供の前で弱い自分を見せたくなかったし、なにより一番つらいのは弟の方なのに自分が泣いてどうするんだ、と思い直した。

弟の件について、いろんな先生が声をかけてくれた。一番信頼している先生が、仕切り直しのつもりで、と言った。当時の日記には、本当にそうだ、と書いてある。また管を抜ける日は絶対に来る。親が信じてあげなくてどうするんだ。そう自分に言い聞かせた。

これからの一週間が勝負になる。毎日応援しに行こうと思った。


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