弟が緊急手術で腸の一部を切除して、今後1週間は経過を慎重に観察していくと言われた。その1週間の記録になる。
この1週間には、これといった出来事がない。急変も、新しい処置もなく、毎日同じように面会に行って、酸素濃度の数字を見て帰ってくる。そういう日が続いた。
術後にしては優秀な数字だと言われた
術後2日目、弟の酸素濃度は22から30に上がっていた。医師に聞くと、状況を見ながら量を増やしているという説明で、術後にしてはこの数字は優秀だとも言われた。気休めだと思った。ただ、ステロイドは使っていないとのことだったので、悪い方ではないのかもしれないとも考えた。
NICUの保育器は並んでいて、意識しなくても隣の子の数字が目に入る。その日、横にいる赤ちゃんは35だった。兄の方は21で、外の空気と同じ濃度のまま変わっていない。
看護師さんがおむつを交換してくれたとき、途中で呼吸が不安定になって一旦手が止まった。チューブを微調整してから再開した。そのとき、お腹の右側が少し腫れてきているかもしれないと看護師さんが気にしていて、言われてみると、そう見えなくもなかった。子どもの変化に気づけるのは自分たちより看護師さんの方で、その人が気にしているという事実の方が重かった。
これまで、小さな不安が大きな現実になって返ってくることを何度も経験してきた。当時の日記にも、それで心配になったと書いてある。
数字は上がっていく。それでも悪い状態ではないと言われた
翌日、担当の看護師さんはその場におらず、近くにいた看護師さんから少しだけ話を聞いた。大きな変化はないという。
保育器は全体にカバーがかけられていて、中の顔は見えなかった。妻が昼間に来たときは時折目を開けていたそうだが、自分が行った時間には確かめようがない。酸素濃度は35に増えていた。ステロイドを使っていないのだから悪い数字ではないのかもしれない、とまた同じことを考えた。
この日は妻が兄のカンガルーケアをして、とても良かったらしい。自分も勧められて、子どものためになるならやろうとは思ったが、妻を優先していいかなと思った。弟も早く抱っこできるようになってほしかった。
次の日はほとんど弟の方につきっきりだった。昼のうちに酸素のチューブを調整してもらったそうで、面会に行ったときも先生と看護師さんが処置をしていた。鎮静剤で大人しくさせているものの、頭を横に動かしてしまうことがあって、その度に不安定になるという。薬のせいだと分かってはいても、動かない様子が前の日より強く見えて、弱々しく感じた。酸素濃度は40。ステロイドをやめているのだからしょうがない、と自分に言い聞かせながら、このまま良くなってくれるのかが不安だった。
足と頭を、二人で押さえていた
その翌日は仕事終わりに妻と病院へ行った。弟は前の日より調子が良さそうに見えたが、単に薬が切れかかっていただけなのかもしれない。
自分が足、妻が頭で、二人がかりでホールディングをした。触り方に決まりがあるわけではなく、触れられるところにそっと触れているだけになる。酸素のアラームは一度も鳴らず、落ち着いているように見えた。兄の方は変化もなく安定していて、早く追いついてほしいと思った。
次の日の弟は前日とは変わっておとなしく寝ていて、二時間ほど経ってから目を開けたが、薬が効いている様子ではあった。
時々声をかけてみると、特に妻の声に反応しているような気がした。先生の話では、声や手の温度は認識しているという。まだ抱っこしてやれていないのだから、せめて声はかけたい。周りに人がいると気恥ずかしさも多少あったが、我が子がこういう状況だというときに恥ずかしがっている場合ではないので、声はかけていた。
看護師さんがたまに赤ちゃん言葉で話しかけてくれる。そこにどう乗っかっていいのかは、いまだに戸惑う。
もう大丈夫という言葉を信じない
術後1週間が経った。ここまでは大きな心配事もなく、順調のように見えた。
面会中にたまに呼吸が不安定になるのは気がかりだったが、酸素濃度は35から40、ステロイドは使っていない状態で、担当医は悪い状態ではないと言った。果たして本当にだいじょうぶだろうか、と思った。
これからは腸の動きを見ながら、少しずつミルクを与えていくという。つないだところからミルクが漏れることや、詰まってしまうことがあるらしい。鎮静剤をやめれば体が動くようになり、その動きでつないだ腸が破けてしまう恐れもある。これからが一番心配だった。
その日は面会者が多くて、NICUの中がにぎわっていた。声を出して泣いている子がいて、親に抱っこされている子がいる。ここにいる子と自分の子を比べることが、いかに無意味なことかは重々承知していた。それぞれ生まれた時期も、生まれたときの状態も、そこから先の経過も違う。それでも、同じような状況の子の中にも成長の差があるのは見て分かってしまう。いつになったら自分たちもあの子のように気軽に抱っこしてやれるのだろうか、と思っていた。
兄の方は順調そうで、ここ最近はいつ行っても寝ている時間が長い。夜は泣くことが多いと看護師さんが教えてくれた。たまには泣き声を聞きたかった。
自分にできるのは、病院に行って少しでもそばにいてやることだけだ。
主治医の先生たちのことは信頼している。それでも、医者でも分からないことが起き得るのだと、この2か月で学んだ。私たちはもう大丈夫という言葉を信じない——当時の日記には、そう書いてある。1つ1つの事象で一喜一憂できないことを、身をもって体験した。だから大丈夫と言われても心配してしまう。